エクスキューズと自責の情

お気に入りのスヌーピーのコップを、落として割ったしまった。朝っぱらから何やってんだか、、
長時間復路、お気に入りの明るいスプーンをボキッっと折ってしまった。
景品で当たったような食器は、実に割れない。そういったのは丈夫に作られている。
愛するものほど、はかなく壊れてゆく。
どうしてもすばらしいような、空間素晴らしくない設計のものは、敢然と食器棚に鎮座やるのだ。
壊れないから、ありのまま差し置くによって以外はない。
次女が以前に茶碗を洗っていて、気に入っていた食器を割った一瞬
「何やってんのよおまあ!」と思わず声色を荒げてしまった。
ただしです、自分が割ったときは
「とりあえずね、パターン居残るものはこれから壊れるんだからねえ、仕方ないねえ」
次女は、こういう矛盾に怒るのだ。
それでも自分で自分の気に入ったものを自分の間違いで滅ぼした場面ほど
口で言い訳しながら、心中では
「まるっきり!何やってんのよ我々、なるほどなるほど、自分に腹立つ」
自分に胃腸が立つほどくやしいものはない。
悔やんでも悔やみきれない。
たかが食器のはじめ枚や二枚でおおげさな、というかもしれないが
ずうっって一日引きずってしまうのだ、
あきらめの悪賢いオバサンです。
それでも取り敢えず、これを機会に初々しい、可愛い設計の食器を貰う行事ですわって
内心を入れ換えるその速さも、オバサンです。
生来、壊れやすい食器という付き合い、それをきれいに洗うという
毎日の奥さんとしてのジョブ、これを続ける以上詭弁という自責の情は
繰り返し繰り広げられるのだ。おいしい青汁のダイエットについて